自伝と虚構ーイルマ・ラクーザ『もっと、海を』を翻訳論から読み解く
- 発表者
- 新本 史斉
- 日時:
- 2018年6月30日
- 場所:
- 明治大学駿河台キャンパス研究棟3階第10会議室
- 発表要旨:
イルマ・ラクーザの作品『もっと、海を(Mehr Meer)』(2009/2018)は、スロヴァキア、ハンガリー、スロヴェニア、イタリア、スイス、フランス、旧ソビエト…と越境を繰り返してきたラクーザ自身の自伝として事実反映的に読まれてきた。しかし「想起のパサージュ(Erinnerungspassagen)」との副題をもつ本書は、想起された内容のみならず、想起する行為、それを短い断章形式を連ねて叙述することについても焦点があてられた、高度に自己反省的な書物である。他の作家の自己虚構的作品について繰り返し論じてきたラクーザは「自伝」というジャンルの虚構性についてきわめて意識的な書き手であり、『もっと、海を』もまた、翻訳者そして多言語作家としての多様な越境経験が再帰的に織りこまれた虚構作品として構成されているのである。本発表では、そのフィクショナルな構成のなかから、ラクーザがかつて翻訳者としてドイツ語にうつしとった二人の作家――マルグリット・デュラスとダニロ・キシュ――の書法をまねびつつ自己虚構を展開している箇所をとりあげ、レトリカルに自己と関係することによってこそもたらされうる新たな認識の可能性について論じた。